埼玉県、東京都を横断する荒川について解説!

自然を学ぶ

埼玉県民、東京都民には馴染み深い荒川について語ります。

 

「荒川」という名の川はたくさんある?

実は「荒川」と呼ばれる川は全国に25(岩手、青森、富山、大阪、鹿児島など)あります。

 

文字の違うアラカワには、阿良川(埼玉)、安良川(茨城)、新川(沖縄)、有川(高知)があります。

 

行政区画名もアラカワと呼ばれる地名は30あり、東京都の荒川区をはじめ、埼玉や岐阜にも荒川町があります。(秩父市が合併する前には荒川村がありました)

 

ここでは、最も有名と思われる埼玉県秩父市から始まり、東京湾へ流れる荒川をご紹介します。

 

荒川について

川の長さ:173km

川の広さ:2,940k㎡

川の始まり:甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)←埼玉県秩父市

始まりの高さ:2,475m

 

荒川は名前の通り、氾濫を繰り返す河川でした。

 

このため、水を多く貯めることができるダムが作られるなどのさまざまな対策がされています。

 

荒川の始まりがある埼玉県秩父市には、荒川の水を貯めるダムがあり、巷ではダム4(ダムフォー)と呼ばれています。

 

ダムについて詳しく解説した記事はこちらから↓

ダムについて詳しく解説!これを読めば、ダムが好きになる!
私が、川について興味を持ち、もっと知りたい!と思えたきっかけはダムとの出会いでした・・・ こんだけの水、どうやって貯めるの?てか、この川は何?と・・・ そんな感じで...

荒川の歴史

江戸時代より前の荒川は、利根川と合流する川でした。

徳川幕府は、荒川を久下村(熊谷市)から入間川流域に流れるように流路を変えました。

 

これは、入間川に面した川越から江戸(東京)までの水運確保を目的とした水量増加策でありました。

 

単独で流れていた入間川は川越市から「荒川」となり、原型の荒川は「元荒川」と呼ばれるようになります。

 

元々の利根川は古利根川(厳密にいえば、葛西用水路→大落古利根川→古利根川)、荒川は元荒川という名前になり、現在は越谷市にあるレイクタウン付近で、古利根川と元荒川が中川を通じて合流していることがわかります。

 

荒川の支流と分流

1本の川には、多くの川が集まってきます。

 

川の水量や広さなどで有力になる川を本流、その本流へ合流する川を支流、本流から分かれてできた川を分流と呼びます。

これら全体を合わせて水系と呼びます。

 

本流である荒川の支流と分流を紹介します。

入間川←もともとは荒川水系ではない単独の川だった

川の長さ:63km

川の広さ:1,197k㎡

川の始まり:武川岳←埼玉県飯能市

荒川との合流地点:埼玉県川越市古谷

始まりの高さ:1,197m

 

埼玉県飯能市の武川岳から流れる川で、荒川の支流の中で最も長い川です。

 

元々、入間川と荒川は合流することのない川でしたが、江戸時代の水運確保を目的とした策により、荒川を強制的に入間川と合流させ、入間川は荒川の支流となりました。

 

原型の荒川は元荒川と呼ばれるようになりました。

隅田川←佃煮のルーツ?

川の長さ:23.5km

川の広さ:690k㎡

荒川との分岐地点:埼玉県川口市・東京都北区

 

隅田川は、東京都民にはお馴染みの川ではないでしょうか(花火大会の影響?)。

 

かつて隅田川では、白魚と呼ばれる魚がおり、江戸っ子にはその淡白な味がうけていたそうです。(現在は川の汚染の影響で白魚は姿を消しました・・・)

 

白魚をとっていた漁師が佃島(現在の東京都中央区)出身の漁師で、佃島の漁業は盛んに行われており、売り物にならない小魚を辛く煮つけて、売っていました。

それが、佃煮(つくだに)の始まりと言われ、のちに貝やえびなども加えられ、江戸の名物となり、全国に知れ渡りました。

荒川の水を貯める秩父ダム4をご紹介!

秩父4ダムをご紹介します。

 

私が初めてダムに魅了されたのは、これから紹介する滝沢ダムを見たときで、

 

そこから調べていくと、どうやら秩父にはあと3つ(合計4つ)ダムがあるらしいぞと知り、すべて実際に行ってみました。

 

ダムの管理所に行くと、ダムカードをもらうことができ、4枚集めるとプレミアムカードをもらうことができます(プレミアムカードは非公開)!笑

秩父4ダムの中で最も古い二瀬ダム

河川:荒川水系・荒川

重力式アーチコンクリートダム

ダムの高さ:95.0m

ダムの幅:288.5m

水の量:2,690万㎥(25mプール56杯分)

※25mプールは幅16m、深さ1.2mで計算(480,000㎥)

 

氾濫を繰り返す荒川を抑える(治水)対策が行われてきましたが、1947年のカスリーン台風によって、流域は更なる被害を受けました。

 

国は、洪水調整を計画し、ダムの建設を始めます。

 

そして、1961年に完成したのが二瀬ダムで、荒川水系初のダムになります。

国内6位の堤高の高さ誇る浦山ダム

河川:荒川水系・中津川

重力式コンクリートダム

ダムの高さ:156m 

ダムの幅:372m

水の量:5,800万㎥(25mプール120杯分)

 

二瀬ダムが完成した後も、水害の被害は続き、洪水調整の必要性に迫られました。

 

また、1960年代から首都圏の人口増加に伴い、水需要がさらに高まっていきます。

 

当時、首都圏の上水道を供給していたのは利根川水系でしたが、これだけでは賄えないということで、荒川水系の重要性が高まっていきます。

 

それらのことから、再び荒川水系のダムの建設が始まり、堤高156mを誇る大ダムの浦山ダムが建設されました。

ダムの規模は埼玉1位の滝沢ダム

河川:荒川水系・中津川

重力式コンクリートダム

ダムの高さ:132m

ダムの幅:424m

水の量:6,300㎥(25mプール131杯分)

 

浦山ダムより高さでは劣るものの、規模としては埼玉県内最大のダムです。

 

滝沢ダムも首都圏への水の供給のために建設されました。

 

浦山ダムよりも先に建設が開始されましたが、完成は浦山ダムより遅れています。

 

滝沢ダムをつくるために、水没世帯数が多かったため、ダム建設の反対運動などもあり、長期化しました。

縁起物としても知られる合角ダム

河川:荒川水系・吉田川

形式:重力式コンクリートダム

ダムの高さ;60.9m

ダムの幅:195m

水の量;1,025k㎡(25mプール56杯分)

ダム建設によって、水没した地区の名前の一つに合角(かっかく)地区がありました。

 

この名前を永久に残したい考え、合角ダムと名前がつけられました。

 

ダムの名前である合角は、「ごうかく」とも読めることから、合角ダム管理所では受験生に向けて縁起物として合角ダムのダムカードの入手を薦めています。

 

以上、荒川についてでした!

 

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